これから美学を学ぼうと思う人へ、そして自らのためにも―美学主要文献(第1回)

人と会話していて「美学に関する入門書はない?」とか「芸術の存在論に関する入門書はない?」とか聞かれる機会が多いので、この際、自分のためにもこのようなエントリーをまとめてみます。
まず断っておくこととして、以下にあげる「美学」とは主に英米系の美学です。一般的に「分析美学」という呼称を用いられていることはありますが、私はこの名称に違和感を持っています。というのは、たしかに現在の英米哲学は分析哲学の伝統の元に成り立っていますが、今では分析哲学という言葉はあまり使わないです。それぞれの分野に特化したこともあり、言語哲学、科学哲学、心の哲学、分析形而上学といった呼称を使うようになってます。美学もそれは同じで、音楽の哲学、芸術の哲学、環境美学、日常の美学などさまざまな領域があり、それらを「分析美学」と呼ぶのはためらってしまいます。もちろん、なんらかの具体的な対象を設定しない、それこそ美学、とでも呼ぶもの(具体的には美的判断論や美的価値論、または美的という概念そのもの、美的と倫理の違いなど)も存在しますが、そこまでメジャーではないです。以降では、分析美学という概念に依存しない現代の美学に入っていこうとするための文献をまとめてみたいと思います。


最初に重要な英文ジャーナルをあげときます。これらの論文から入っていくのは多少きついかもしれませんが、それでも現在の美学にもっとも速くアクセスできるのは確かです。

  • The Journal of Aesthetics and Art Criticism
  • The British Journal of Aesthetics

両者の違いはそんなにないですが、米/英という違いは多少あります。以前、来日したNick Zangwillという現代の美学研究者にこの二つのジャーナルの差を聞いたときに返ってきた答えも、基本的に差はないけど、どちらかというとThe British Journal of Aestheticsのほうが保守的で、The Journal of Aesthetics and Art Criticismのほうが広いジャンルを扱うといってました。たしかにThe Journal of Aesthetics and Art Criticismの方が、ロックや映画、マンガといったよりポピュラーな分野についての論文が掲載されている感はあります。
あと、もちろん日本の美学会の雑誌「美学」もあります。ここから自らの興味に該当するものにあたるのも最初の一歩でしょう。美学会はCiniiに無料で掲載しているものも多くあるのでアクセスもかなり容易です。


では以下で英文文献をリストアップします。
Aesthetics: A Comprehensive Anthology (Blackwell Philosophy Anthologies)
Steven M. Cahn Aaron Meskin
1405154357

これはプラトンから始まって、カントやヒュームにも触れて現代の美学の主要論文をまとめた包括的なアンソロジーです。結果としてかなり分厚くてまあ読むの大変でしょうけど、すごく便利そうな本です。カントの『判断力批判』なんかはおそらく抜粋の英語訳なので、正確なものは岩波の日本語訳を読んだほうがいいと思います(もちろん原文にあたるのが重要ですが、カントはかなり悪文なため読むの大変ですよ!!!(笑))。
日本語で読めるものは、日本語で探して、あとはイントロダクションを読めば英米圏の美学の関心がわかるでしょう。英米圏の美学もプラトンアリストテレス、カントなどの古典的な美学に関心を持ってますが、その持ち方は大陸系の美学と多少ことなるものだと思います。
Aesthetics and Philosophy of Art: The Analytic Tradition : An Anthology (Blackwell Philosophy Anthologies)
Peter Lamarque Stein Haugom Olsen
1405105828

次にこれは分析以降の英米美学の主要論文集です。上の包括的な論文集と重なっているものがありますが、それらの論文はとても重要なものですから、ぜひとも読むべきです。というか、英米美学を勉強するものはまず第一に読まなきゃいけないものです。
Introduction to Aesthetics: An Analytic Approach
George Dickie
0195113047

これはジョージ・ディッキーによる美学入門書です。まとまりは良さそうですが、私は未読であります。ディッキーといえば、ダントーのアートワールド論の延長における芸術の制度論を提唱したので有名ですが、そこからも伺えるとおおり彼の興味の矛先は基本的に芸術です。だから芸術の哲学としてはこの入門書は良いと思いますが、美学における他の重要な論点、例えば美的判断や自然美といったもの、についてはあまり触れられていない印象があります。
Aesthetics: An Introduction to the Philosophy of Art (Oxford Paperbacks)
Anne D. R. Sheppard
0192891642

これも同じく美学入門書ですが、タイトルから伺えるとおり芸術の哲学をメインにあつかってます。この著者については私は名前しか知らないのでちょっと評価できませんが、目次を見る限り普通の教科書的なつくりだと思います。


全体的に言って20世紀の英米美学はほとんど芸術の定義の問題をメインに扱ってきました。ですから、美的判断とか自然美、日常の美学といったことがらまで包括的に論じた美学の教科書的なものはまだないと思われます。これらの論点は1970年代以降に重要視されたものであり、現在では面白い議論ですが、そこまで蓄積があるとはいえないと思われます。

最後に入門にしてはハードですが、自分の興味が明確にあるひとであればオクスフォードの美学事典である以下を参考にすると良いと思います。
The Oxford Handbook Of Aesthetics (Oxford Handbooks Series)
Jerrold Levinson
0199279454

これはハンドブックといっても持ち歩く類のものではなく、というかめちゃくちゃ厚くて重いものなんで、事典だと思っていただければよいです。興味がある項目を読むだけで、主要な論点と論文がわかるので非常に重宝します。私もMUSICの項は読んで、たいへん修士論文でも参考にさせていただきました。ただし、ものによっては議論の蓄積がありすぎて、初心者では太刀打ちできないかもしれないですが、まあ大雑把に読んでいいと思います。
ちなみに編者のJerrold Levinsonはアメリカの美学会の会長をしていた現代の美学のドンであります。

今回はこれくらにして、今度は主要な著作を紹介していこうと思います。
日本語の文献は数が少ないうえに、自身で調べることができるので調べてください。教科書的というべきいい本はあまりないですが、以下の二冊くらいは買うべきものでしょう。
美学辞典
佐々木 健一
4130802003

現代アートの哲学 (哲学教科書シリーズ)
西村 清和
4782802021