読んだ。

芸術崇拝の思想―政教分離とヨーロッパの新しい神
松宮 秀治
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これより前の著書ミュージアムの思想が良書だったので期待して読んだのだが、これは…なんというかぶっちゃけ本。
松宮秀治氏はもともとドイツ文学やロマン主義研究者のようですが、20世紀後半のミュージアム博物館学の動向をうまくまとめ、博物館という制度を懐疑的に描いたのが前書であったが、今回は芸術という制度全体を批判した本。あとがきで書いてあるとおり芸術否定の本であるということで、アートうぜぇ学派的にも参考になるけど、この反アートという試みはその背後に真実の、本当のアートがあるということを含んでしまうからちょっと問題。だからアートうぜぇはアートを忌避するが、否定はしない。ともあれ、芸術の神格化と制度化がいかに行われてきたかについての歴史的経緯がわかるところは参考になる。
しかしながら、全体の論述が断定的、かつ資料が翻訳のものばかりで、日本語でまとめました、という感じが強い。さらに散見されるのは芸術とそれに関する言説への嫌悪感やそういうのがすごい。もちろん、美学だってそこから逃れられないが、以下の引用はこの本でもかなり過激というか爆弾発言というか、ぶっちゃけぶりがすごくて吹くほかなかった(笑)。

美学と美術史学の出現が西欧における「芸術」価値の底上げの役割を果たしてだけではなく、「芸術」の神聖価値の布教と芸術崇拝の思想を生みだすさまざまの観念装置の基礎を創りだしたのであるが、そもそも美学と美術史とはなんなのだろうか。美術史についてはごく表層的に考えても、それがどのような学であるかは理解されうる。またその学の存在と輪郭を知ることはそれほど難しいことではない。ところが「美学」とは何か、それはどんな学問なのかは専門家さえ答えられないであろう。なぜなら、「美学」の専門家が今日存在すること自体がとてつもないアナクロニズムで、それは完全に歴史的な役割を果たし終えており、没落し、無用で無意義な学問になりさがってしまっているからである。たとえば今日、美学者といわれている人たちの仕事を見ると、シェリングの美学とかヘーゲルの美学とか、一部は哲学史によりかかり、一部は歴史学に依存しているだけで、「美学」としての新しい課題の提出は何もおこなっていない。また日本でも美学・美術史学会という学会が存在はしているが、それは芸術史学に居候するか、森鴎外のハルトマン美学の歴史的意義とか中江兆民の『維氏美学』における西欧美学移入の問題点とか、大塚保治博士の美学理論の研究など、本質的に居候学問であって、なんら独立的な学的領域も方法論ももたないものである。――そしてはそれは文学史学研究であれ、「美学史学」的な研究であれ、所詮歴史研究の一部をなすものであって、独立した美学の存在証明とはならないものである。たしかに深田康算だけは西欧美学の思想の紹介者として、今日なお読むに値するすぐれた仕事を残しているが、明治以後の西洋美学の受容とはフェノロサひとりにうまい汁を吸わせただけに終わってしまい、その後は芸術の理解にも芸術の実践的推進にもなんの役割も果すことなく終わってしまった。わずか百ページに満たない英文のヘーゲル哲学要約集だけで「美学」論を講じたわずか二十歳をすこし出ただけのフェノロサの浅学ぶりは、英語にもドイツ語にも長じた、さらにフェノロサよりも四、五歳年長の聴講生、三宅雄二郎(雪嶺)がただちに見抜くところとなり、絶望的な失望を与えたものであった。日本に流入した西欧の「美学」とは所詮その程度のものにすぎないものであったが、哲学の近辺につきまとうことでなんとか官学アカデミーのなかに潜り込みを果たし、なにか深淵な学という印象を与えることだけで生きのびてきた学問にすぎなかった。
(132−134)

いやーきびしいー。真摯に受け止めたいと思う一方で、ここまでの言われようは初めてだわ。しかしながら、松宮氏が見逃している部分も大きいし、すくなくとも英米圏の分析哲学の系譜では美学は重要な課題になっているし、十分アクチュアルなんだが。
しかし、途中のフェノロサの話とか本筋とはあまり関係ないあたり書き散らしてい感がすごい。ほかにもこういう箇所とか、笑うほかないや。

わたしの学生時代、英米文学専攻者は「教師タイプ」、フランス文学専攻者は「キザ、あるいは食通家ぶり」、ドイツ文学専攻者は「深淵バカ」といわれていた。英米系は教師タイプの大勢順応主義者で、事を好まざる人間ということであり、フランス系はスタイリストで外見勝負タイプで、食通家ぶることを人生最上の価値とする人間、ドイツ系は難解好みで、なんでも複雑に哲学的な問題にして、「それはそんな簡単なことではないよ、それはもっと深淵な問題を含んだものだ」というが、内実、あるいは本質は単なるアホ、バカだということである。ペットの飼い主は、ペットが飼い主に似てくる以上、飼っているペットに似てくるというが、何を専攻するで、同じように対象に感化されるのはほんとうのことのようだ。
(262−263)

毒舌っぷりがすごい。これがハードカバーの専門書であることを忘れてしまう。むしろのこの毒舌部分を抽出して新書にしたらけっこう面白い気もする。
ということで、どちらかといえばマニア向けの書なので、博物館とかミュージアムについて知りたい人は『ミュージアムの思想』の方をオススメする。こっち参照http://d.hatena.ne.jp/shinimai/20041013/p2