書評を書いた。

JASPMでもお世話になっている井手口彰典さんのこの本について、以下の『ミュージックマガジン』2012年5月号で書評を書きました。
同人音楽とその周辺: 新世紀の振源をめぐる技術・制度・概念
井手口 彰典
4787273175

ちなみに表紙は有馬啓太郎の絵というナイスセンスです!
ちなみに私の書評は何の関係もないですがマガジンは小沢健二の特集です。
MUSIC MAGAZINE (ミュージックマガジン) 2012年 05月号 [雑誌]
B007R5TV10

井手口さんの前作についてはここで書きましたが(http://d.hatena.ne.jp/shinimai/20100617/p1)、ゼロ年代後半から秋葉原の同人ショップや同人音楽のイベントに足を運んでいる身としては「同人音楽の初の学術書」となるこの本をとても期待して読みました。残念ながら前作が傑作すぎたのか、どうも同人音楽の魅力や他の音楽文化との違いをうまく表せていないように思えました(むしろ、最終章で示唆されるのが「同人音楽が他の音楽とは違う」という「同人音楽神話」の脱神話化なので、これは井手口さんの意図するところかもしれません)。『ミュージックマガジン』の書評は800字足らずなので、無駄に偉そう、かつ断定的な書評に思える気もして、ここで少しだけコメントしたいと思います。
総じて日本のポピュラー音楽研究の蓄積をうまく生かして、各論の内容も現代的なので大学のポピュラー音楽研究の授業なので扱うには良い本だと思います。前半は同人音楽の概要や概念、文化環境、批評のあり方などを描き、後半は初音ミクニコニコ動画、アマチュア音楽という「その周辺」について考察するというのはタイトル通り(最初は「その周辺」とかなんか投げやりなタイトルだと思ってしまいました、すみません。。。)。
後半部の各論はそれぞれ面白いのですが、残念ながら同人音楽とのつながりちょっと希薄なのが気になります。前半部は概要としては良かったですが、同人音楽における二次創作のあり方などはあまり語られていないように感じました。とくに「ジャンル」に関する第三章では、同人音楽を既存の音楽ジャンルなどとの比較において論じますが、いわゆる「アレンジ系同人音楽」における元ネタとしての「ジャンル」の話などはほとんどないのが不思議に思えます。確かに井手口さんが中心的に調査をした同人音楽イベントM3などは、そういうジャンルにこだわらない表現の場としての性格が大きいとは思いますが、今の同人音楽は「東方」などのコンテンツを中心とした二次創作という面を語らないわけにいかないように思えます。
さらに『ミュージックマガジン』の書評でも書きましたが、最終章で同人音楽を以下のようにまとめるのが甚だ疑問であります。

だが、この「妨げられない」というポイントは、単にM3という特定イベントの理念や制度のなかに息づいているだけではなく、同人音楽文化全般に通底するキーワードとして捉え返すことができるものでもあるようだ。たとえば我々は第2章で同人音楽を「環境」から考察した際、主要な四つの要因(同人イベント、DTM、録音可能なCD、インターネット)がいずれも「排他性のなさ」によって特徴付けられるものであることを見た。(・・・)対照的に、従来の音楽活動がなにがしかの制約を受けていた、というのはある程度まで事実なのだろう。(・・・)そうした状況に比べれば、同人音楽がもろもろの制約に器用にかいくぐるものであるように見えるのは確かだ。
(253)

我々はここまでの議論を通じて、「妨げられない」実践としての同人音楽がもつ可能性を、成長や個性をめぐる競争に駆り立てられない点、あるいはその帰結としてやめたいときにやめることができる点に見いだした。
(266)

確かに「プロムナード」と題されたM3の立役者、相川・寺西両氏のインタビューからは、音を使った自由な表現の場というM3のポリシーははっきり伝わってきます。しかしながら、このポリシーは同人音楽全体を通底するとは思えません。個人的には同人ショップや同人イベントには、ある種の近寄りがたさがあり、その(ある意味での)「閉鎖性」こそが同人音楽の特殊性や魅力を作っているようにも感じます。また「インターネット」が「排他性のなさ」として特徴付けられていますが、都内のアマチュア/インディーバンドの調査をしている身としては、ミュージシャンたちの間にある「デジタルデバイド」はかなり大きいように思えます。
総じて、調査の中心となったM3の考え方などに論点が引っ張られすぎているように思えるところがあります。逆に言えば、M3の立役者たちのインタビューは本書の最大の魅力であるとともに、彼らが現在の同人音楽に多少なりとも距離を置いていることが分かったのが大きな収穫でした。特に寺西氏のインタビューは、彼がかなり明確なビジョンのもとにM3というイベントを築いてきたことがわかり非常に面白かったです。

寺西氏
ただ、先に言ったようなサークルの数的な増加も確かにあるんですか、1998年のM3の立ち上げに際しては、音系同人活動を「理論武装」する、という目的もありました。ちょうどコミケットが同人誌に対してその役割を担ってきたように、です。コミケットという場所は、ちゃんと秩序があるし決して無法地帯ではないんだけど、それでもスレスレの表現がグレーゾーンとして生き残れる場所であると、僕の目には映っていました。でも、組織としてある程度まとまっていないと、そうしたグレーゾーン上のサークルは各個破壊されてしまうわけです。
(159)

理論武装」という言葉やその後のインタビューで出てくるフランスのパロディー法やプラーゲ旋風JASRACの話題から察せるとおり、寺西氏のビジョンやポリシーは非常に志が高く、感動的ですらありました。
他にも様々な論点があり、ここでは論じ切れないです。よかったら井手口さんの著書、または『ミュージック・マガジン』の私の書評などを読んでいただけたらとおもいます。