金と芸術の愛憎関係

貧乏するにも程がある 芸術とお金の“不幸"な関係 (光文社新書)
長山 靖生
4334034357

三浦展の『下流社会』はその内容の是非をともあれ、ここ最近の社会問題の方向性を与える意味で絶大の影響力を持ったが、本書はその「下流」チェック項目にある「自分らしさ」という項目に焦点をあて、経済と文化の関係を再考するものである。昨今の新書のレベルからするとまずまずなものだと思った。「文化資本」というブルデューの用語を簡単に紹介品がら、近代的な芸術家のお金へのアンビバレントな態度を描く。そして日本の芸術家の原型としての日本近代小説家の台所事情を詳細に描き、昨今の過度に一元的な勝ち組/負け組の分類に意義を唱える。
まあ新書だから内容についての厳密度はそれほど期待できず、むしろ興味深いのは夏目漱石森鴎外内田百間や芥川のお金に対する態度である。夏目はブルジョワジーを毛嫌いしながらも、自らの生活のためへの経済的な基盤をしっかりと作るように新聞社と交渉していた。一方、鴎外は医者という特権身分を保ちながら、文士的作家像の理想となった。内田百間は借金大王で、鼻から返す気の無い借金をしながらも憎まれない人柄であったらしい。高利貸しに頭を下げさて金を返すぐらいであったらしい。芥川は夏目漱石を見習って自ら毎日新聞社に売り込んで、金を捻出している。
この辺の日本近代の作家像と台所事情を深く分析すれば、ブルデューが『芸術の規則』で描いた、フロベールボードレールによるフランス社会における「芸術界(シャン)」の成立と同じような議論が日本でもできそうだ。本書は新書ということもあって、そのような学術的な研究の動機によって書かれてはいないが、そういう方向性も日本の文学を考えるには必要だろうと感じた。
しかしながら、これはブルデューにも言えることだが、どうして芸術とお金について扱いながらも、小説家をそのロールモデルとして描いてしまうのだろうか。もちろん文学というものが、ジャンル横断的な芸術場において重要な役割を果たしたことは事実だろう(ノーベル賞が文学にだけあることを考えればよい)。しかしながら、本質的に複製芸術である出版物を旨とする文学と、その他の芸術ジャンル、絵画、音楽などは異なった論理でその場が動いているように思える。もちろん、それらの「芸術」は緩やかにつながった価値規範によって動いているだろうが、その差異に注目することは重要だ。複製芸術として市場において大量にやりとりされる小説などと違って、絵画や造形芸術はもっと前近代的な市場/私情で動いているだろうし、無形文化は公的資金の投入によって存続している。
芸術とお金の問題を考えることは、事実上、公的資金が投入されている芸術というものの公共性を問い直す上で重要な視座である。本書の内容から離れるが、そのような良い意味での美学と経済学の学際的横断は積極的になされるべきだろう。まだ読んでいないけどハンス・アビングの『金と芸術』はその意味で非常に重要な本だろう。私の専門の音楽については文化経済学の創始者であるウィリアム・ボーモルの著作などがあるが、これはまた別の機会に触れよう。
昨今の若者の「自分らしさ」の問題については、アルファブロガー(笑)の速水さんの新刊が待たれる。
自分探しが止まらない
速水 健朗
4797344997

金と芸術 なぜアーティストは貧乏なのか
ハンス アビング 山本和弘
4903341003

芸術の規則〈2〉 (ブルデューライブラリー)
ピエール・ブルデュー 石井 洋二郎 Pierre Bourdieu
4894340305

舞台芸術 芸術と経済のジレンマ
ウィリアム・J・ボウモル ウィリアム・G・ボウエン 池上 惇
493127627X

関係ないけど、生協がやっている読書マラソンってのに参加した。4年間で100冊読むという企画らしいけど、院生の俺には関係ない。1年間で100冊目指すよ。読書ごとに感想カードを書いて、10冊ごとの500円の生協書籍部の金券がもらえる。まあバイトと考えると安いけど、読書を促進する結果があってよい。バリバリブログで書いて、同時にカードも書くよ。前の『普遍論争』も書いたからこれで2冊目。