現代哲学の最前線

友人から借りた以下の本をとっくに読了していたが、何も書いていなかったのでメモ程度書いとく。
哲学者は何を考えているのか (現代哲学への招待Basics)
ジュリアン バジーニ ジェレミー スタンルーム Julian Baggini
4393323084

えーと、何にしろ非常に啓発的で刺激的な本であった。この春秋社の現代哲学への招待シリーズは現代の英米哲学に関する本を多数出版していて非常にありがたいのだが(それも結構装丁がかっこよい。フランス系現代思想の本に負けず劣らずw)、中でもこの本は異色である。というのも、これは単独な哲学者の本ではなく『ザ・フィロソワーズ・マガジン』という雑誌に掲載された大物哲学者のインタビュー集なのである。
インタビューの内容はとにかく、このような雑誌が存在すること自体が、我々日本人には驚くべきことなのだが、これは英米系の知識人の素養をうかがわせる。『ザ・フィロソワーズ・マガジン』という雑誌がどのような雑誌なのかよく分からないが、一つの哲学専門分野の学術誌というよりも、広範な哲学の領域に関する非専門、つまり知識人のための教養雑誌のようだ。そういうこともあって、この本が哲学者としてインタビューしている人々も一つの専門分野に限られるのではなく、形而上学言語哲学、神学のようなものは当然として、生物学や物理学、フェミニズムといった一見哲学とは思えないジャンルもカヴァーするものになっている。
本書の「はじめに」に書いてあるとおり、本来、哲学とは横断的な学問であるために、生物学や物理学を問い詰めていった結果、哲学に至る学者が存在してもおかしくはないのである。しかしながらも、この本の中でのいわゆる「理系」研究者の多さは、私のような「人文系」研究をするものにとっていささか脅威に思えてしまう。
中でも昨今の哲学の中でのダーウィニズム(もしくは自然主義)の台頭が、この本でも顕著に現れている。ピーター・シンガーリチャード・ドーキンスなどが扱われる第1部とアラン・ソーカルエドワード・O・ウィルソンなど扱われる第2部は、旧態依然とした「人文科学」を猛省させるような内容になっている。後半にいくに従ってサールやパトナム、ブラックバーンという専門的哲学者の名前が多くなるが、この本全体を通じて感じられるのは今までの専門的分野として存在してきた哲学が、自然科学の領域に分断され、消滅してしまうのではないかという懐疑とそれへの批判である。本書の「はじめに」にも以下のようにある。

今日、自然主義的な説明が提供されていないような哲学の領域は存在しない。しかし他のあらゆる哲学運動と同様、そこにはあまたの批判者が存在する。自然主義を擁護する者は、それを良質の哲学を良質の科学によって基礎付けようとする試みと見なす。それに対して自然主義の批判者は、多くの場合それは、哲学としても科学としても悪質なものだと主張する。読者諸氏は、本書のインタビューで提供されている証言を材料として、こうした問題について予備的な判断を自ら下すことができるだろう。(p. 11)

また本書では哲学者が自らの「公式」の自説としては絶対に展開しない主張も、そのインタビューという形式のために、より踏み込んで述べている点が面白い。そしてそのような論文よりもフランクな主張を、この雑誌の二人のインタビュワーは容赦なく批判している。場合によっては、哲学者が議論に負けているのではないかというシーンさえあり興味深い。そしてこのように多様なジャンルについて哲学者たちと議論できる彼らインタビュワーの教養の深さに感嘆する。こんな雑誌、日本にもあったら良いのになー、と実感するしだいである。まあ売れないのかもしれないが…
個々のインタビューで興味深い点はいくらでもあるから、ちょっと今は書くことができないので、参考程度に全体の目次をメモっておく。

はじめに

基本的にこれほど横断的な本を読みやすく翻訳者はすごいんだけど、たぶん意味の正確さを重視した結果だと思うが、インタビューの会話がなんだかプラトンの対話篇を読んでいるような、ある意味で明晰すぎる会話になっている点がちょっと気になる。なんというかどの学者たちも議論生成マシーン(笑)のような明晰さをもって会話するもんだから、一人一人の個性が掴みにくくなっている。まあ直接にインタビューを日本語に起こしたものではなく、インタビュー集を翻訳するから仕方ないことだろう。
しかし何にしろ、この本で描かれるような自然主義を巡る「学部の争い」のリアリティを感じている研究者が日本にはあまり居ないことを私は危惧している。私の研究室で現代の「自然主義」が何を意味するかを答えられる人は多分一人もいない。美学会の全国大会で「美学の自然化」という話をしても、ほとんど反応がなかったもんな…
美学に関しては本書で扱われるロジャー・スクルートンの本が研究室にほとんどないという事態…まあ今年度の予算で買うように申請しておきましたが、本当に英米系の現代の哲学に誰も興味がないんだなっていう悲しい事態はどうにかならんのかな。