やっぱフィールドですよ!

昨日借りた

を読了。パルテノン多摩(笑)*1で行われた講演をまとめたもの。一般の人を相手にしてるため、非常にわかりやすい。
吉見俊哉のものは以前違う論集の中で見たものと同じネタ。やっぱ忙しいのかな。アメリカニゼーションの問題を、アメリカというテキストを日本がどのように呼んできたかというおなじみの「シンボルとしてのアメリカから、システムとしてのアメリカ」
大澤真幸のはid:idiot817のとこで話題になってる『電子メディア論』の要約みたい話。大筋において納得できるが、「極限的な直接性」をもった電子メディアによるコミュニケーションを大方否定的に捉えてる点が気になる。メール、インターネットによって「遠隔地ナショナリズム」が成り立つとしても、それは良い悪いの問題なのか?東浩紀にしろ、大澤にしろなんだか、新たな文化産業批判の焼き直しっぽくていまいち、うなづけん。「インターネット万歳!」とかはバカだと思うが、そんなに悲観的になることかな。
小森のおっさんは得意分野の文学とポストコロニアルについて。読んでると引き込まれる文章だが、『山月記』にかんする分析をもっと詳細に読みたいと思う。ちょっと舌足らずな感じ。
田嶋淳子は『池袋のアジア系外国人』という本の要約っぽい。なによりもこの本おもしろそうである。池袋という都市におけるアジア系の人々を、サーベイライフヒストリーによって調査した大作ぽい。なんにしろ、現代の風潮を適度に織り交ぜて語る大澤や、文学を武器に語る小森とちがってこの手の研究は凄く真摯に思える。それは、多分にビート的なものが好きな俺にとって、フィールド研究がグッとくるだけにすぎんが、やっぱ、テレビとか本とか見てるよりも、フィールドに出ろよって感じる。俺も雑誌研究とかやらず、アジア系外国人コミュニティーにおける音楽文化、とか研究したくなってくるよ。
最後の山中速人の、ハワイ表象に関する観光学は短いがおもしろかった。フラダンスの変容により、今まさに「伝統の創出」が行われていると。山中はその「伝統」を虚構として切り捨てるのではなく、「歴史的事実」との間に相対化をし、そこにある「真正さ」の闘争を見つめていこうという姿勢は全く同感。

*1:この名前、本のなかで小森陽一が批難してるようにやっぱ恥ずかしいね