KJ法

昨日簡単にまとめたこと以外にもおもしろいことを二三、
ある資料の簡単な見出しのことを次郎さんは「一行見出し」といっているが、その見出しはなるべくその資料のエッセンスをうまくまとめたものでなければならない。その際に注意すべき点は、高度に抽象化してはならないということ。エッセンスを忠実に抽出しながら、「柔らかな土の香り」を残したものでなければならない。この作業を、女性の方が適してる、俳句を生み出した日本人の特技、などと言ってるのはやはり時代的なギャップがあり、どうかと思うが、「柔らかな土の香り」という生の資料のニュアンスを感じさせた見出しが良い、というのは感銘を受ける。議論などの際、他の人の発言を抽象化することによって、議論が空虚化することが多く、失われるものも多い。「柔らかな土の香り」という表現は、地理学、文化人類学をやっていた次郎さんの感覚を巧みに表してると思うが、フィールド研究や雑誌研究などの研究者にとって肝に銘じる言葉に思われる。僕もロッキング・オンから感じられるロック少年の青臭さなんかを、無味化せずにうまくまとめられればなーと思う次第。
さらに、それの見出しをグループ分けをする際に、次郎さんは最初に大きく分類するのではなく、此処の情報を個別に受け取り、そこから親近感のあるものを直観的に集めるという方法を主張する。ここでも、その方法の正当性を民主主義と専制政治との違いに求めてるのは、時代の束縛だと思われるのだが、この直観性と資料、データそのものに忠実である視点はすべてのフィールド研究者にとっても当てはまるだろう。このような点で次郎さんは、日本でのフィールド研究のパイオニアと思われた。