バンド文化と音楽文化

バンド文化と音楽文化って書くからにはこの二つが違うことを、私は意図しているのだが、実際のところこの二つは意外に区別されない。いやいや「意外に区別されない」と思ってしまう私の方こそ、全体から見ればマイノリティーで、世間一般の人たちはそのような文化の違いや、そのような文化の存在自身に対して無自覚なことも多い。
時は奇しくも京アニの「けいおん!」が注目を集める昨今、バンド文化と音楽(聴取)文化の違いをちょっとばかし書いておこうと思う。
けいおん! 2 (Blu-ray 初回限定生産)
豊崎愛生, 日笠陽子, 佐藤聡美, 寿 美菜子
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とりあえず「けいおん!」のアニメとしての出来や、話の内容を置いといて(個人的には作画を見る楽しみはあるけど、お話がつまんないんだけど)、学校という制度的な場所における一つの音楽文化としての軽音部について考えてみよう。参考となる本はコレ。
音楽をまとう若者
小泉 恭子
432665323X

この著作は高校生の音楽文化をインタビュー調査することによって、彼/彼女らがいかに音楽をコミュニケーションの戦術として利用しているかを明らかにするものである。もともとは小泉氏の博士論文であって学術的な本だが、一般の読者にも読みやすいし、中高校生時代に音楽と接してきた人たちの実感に即した議論がされていると思う。
小泉氏は近畿圏内の百名近くの高校生のインタビューを「フォーマル/セミフォーマル/インフォーマル」という三つの空間において行う。「フォーマル」とは要するに学校の音楽の授業の場であり、「インフォーマル」とは学校とは関係のない場である。その間を取り持つ「セミフォーマル」な場こそ、いわゆる軽音部やブラスバンド部などの学校の授業以外の課外活動の場であり、「けいおん!」で描かれる世界である。
小泉氏の分析によれば、学生たちは「スタンダード/コモン・ミュージック/パーソナル・ミュージック」という三層に分かれる音楽的趣味を、先ほどの「フォーマル/セミフォーマル/インフォーマル」という三つの空間で使い分けることで、自らの文化的実践における戦略/戦術をとっているという。「パーソナル・ミュージック」とは「個人的な嗜好」であり、言わば個人にとって本当に好きな音楽だろう。「コモン・ミュージック」とは同世代に共通する音楽であり、要するにクラスの友達、バンドの友達と共有している音楽の趣味である。「スタンダード」とは異世代をつなぐ音楽であり、要するにビートルズや一部のJ−POP(『愛は勝つ』とか)などの学校の教科書に載るような音楽である。
上で文化実践における「戦略/戦術」と書いたが、高校生が音楽を通して何と戦っているかというと、それほど明確ではないけど、小泉氏はブルデューなどの理論を元に、趣味における卓越化競争を高校生の音楽のうちに見出している。要するにアレだ。はてなとかで散々よく言われる「センス競争」ってやつ。
この本の議論が面白いのは、自分の好きな音楽であるパーソナル・ミュージックに対する距離の置き方が「フォーマル/セミフォーマル/インフォーマル」という空間によって異なっていることである。端的にいえば、「フォーマル/セミフォーマル」な空間では、高校生は自らの好きな音楽を積極的に明かすことなく、教師の理解を得やすいスタンダードや仲間の理解を得やすいコモン・ミュージックによって、自分のパーソナル・ミュージックを巧妙に隠蔽するのである。まあそうだよな。本当に好きな音楽とかは、教室で話したりせずに、校庭の裏とか帰り際に趣味の会う少ない友人とこっそり話してたなと、非常に彼らの気持ちが分かる(笑)。結果としてだが、学校において人気のある音楽とは、彼らの本当に好きな音楽というよりも、大部分の人と価値を共有できる音楽となりがちである。だから教科書に載る音楽も軽音部やブラスバンド部でのレパートリーも保守的になりがちなのである。
またパーソナル・ミュージックに対する距離の置き方はジェンダーによっても異なる。概して男子より女子の方がパーソナル・ミュージックを語ることを忌避し、友人間の同意や教師の理解が得やすいスタンダード/コモン・ミュージックを語る。まあこれもなんとなくわかる。この傾向は、インフォーマルな場でも共通しているようで、女子は自らのパーソナル・ミュージックを本当に私的なものとして扱い、それをバンド仲間や友人とぶつけ合うことはあまりしないのである。面白いことに、小泉氏の分析によると、女子にとってパーソナル・ミュージックを昇華する場所はバンドや日常における会話ではなく、コスプレという視覚的な文化を通してのことである。詳述しないが、コスプレの集会に来る女子たちは学校で自らの趣味を誇示することなく隠蔽し、コスプレというインフォーマルな場でそれを昇華しているのである。


さて、これらの議論が「けいおん!」と何の関係があるのうだろうか?実はあんまり関係ない(笑)。しかしながら、冒頭で述べたようにバンド文化ってのは実は結構変わっていて、我々の日常的な音楽文化の中でもある一定の制度下において形成されているものなのである。大抵の人がバンドを始めるきっかけを中高生時代に持つが、学生が自らスタジオにお金を出して練習する機会はめったにない。だから、多くの人は軽音部などの学内組織においてバンドを始めるが、学内組織は学内であるだけにいろいろな制約が多い。それは過激な音や大音量を出せないとか、卑猥な歌詞が歌えないという物理的な制約だけに限らず、学生が自らの音楽性を形成する趣味やライフスタイルの部分にまで影響するのである。ごく大雑把にいってロックやパンクなどのインモラルな雰囲気はバンド文化においては大抵は消毒されてしまうことが多い。そしてそのようなある意味で「健全」な雰囲気は日本のバンド文化全体で共有されており、街中の貸しスタジオやライブハウスにも浸透している(もちろん、アングラなとこもありますが)。
結果として、「バンドをやってる人」と「音楽マニアの人」は似たような文化に属しながらも、微妙に異なった趣味とメンタリティーを宿していることが多い。大ざっぱにいって、前者の人の方が健全な雰囲気でコミュニケーションに長けている(バンドとはコミュニケーションであるから当然だが)のだが、後者の人はある意味スノッブだったり、非常にキワい人だったりする(笑)。
そういう目で「けいおん!」を観てみると、このアニメがバンド文化のそれも一番ヌルくて、「けんぜん」な部分を表現しているのであって、一般の視聴者ならともかく、音楽的にあっちの方向に行ってしまった人としてはつまらなく思えてくるのである。まあ萌えればいいですよね、萌えれば(笑)。「けいおん!」の女の子たちが最初に演奏した曲が学校の合唱曲の定番である「翼をください」だったこともその証左だろう。あくまでも部活道である軽音部ではパーソナル・ミュージックは抑圧され、コモン・ミュージックというか既にスタンダードである合唱曲がみんなで演奏する曲としてはいい落ちどころだったのだろう。個人の趣味を隠し、周りのみんなと話を合わせるためだけに演奏して、あとは美味しいスイーツとお茶と女子高生、そんな風景はリアルなんだがリアルじゃねえみたいな(笑)。


てなかんじの視点で見ればそれなりに「けいおん!」は楽しめるかなって思っている(大多数の人々が抱くバンドという幻想がいかなるものかを知るためには)。今後、京アニが狂って女子高生がグラインド・コアとかに走ったりする展開を若干期待しているが。律はブラストやれよ、ブラスト。
というのは冗談にせよ、上記に近いことも下のイベントで話すかもね。私のバンド生活(たいしたもんじゃねえが)についても聞きたければ話してやるよって具合に今週末あるから、よかったら来てね。なんかポピュラー音楽学と「けいおん!」とイベントの三つの宣伝を兼ねたエントリですた。

「豪華に炸裂するビアガーデン」こと「GBBG 愛と偏りの音源紹介&トーク

今週24日金曜深夜
場所は大久保ネイキッドロフト
http://www.loft-prj.co.jp/naked/
チャージは1000円。

出演:
麻草 http://d.hatena.ne.jp/screammachine/
inumash http://d.hatena.ne.jp/inumash/
左腕 http://s2.fm/
死に舞 http://jprl.org/
くま害 http://www.ultrasync.net/~kuma/
tomad http://maltinerecords.cs8.biz/
永田 http://www.youtube.com/watch?v=bx0tJaeIGhs

(五十音順 敬称略)